Hmmmmm

きみが

車を見て「くるま」と言った。

バナナを指さして「ばー」と言って、欲しがった。

”いないいないばあ”のワンワンを見て「わんわん」と言った。

こんどは犬の写真を見て「わんわん」と呼んだ。そして自分の言葉で思い出したのか、ワンワンのぬいぐるみを探し始めた。

「ダンプカー」とぼくが言うと、手元の乗り物図鑑でダンプカーを探して、そのページを見せてくれた。

大好きなくるまの絵本を「くるくるま」と呼び始めた。

お風呂で、「1、2、3、4、、、」とぼくが数えると、そのつぎに「ご!」と言った。

今日は、はらぺこあおむしのちょうちょの絵と、図鑑の蝶の写真を見て「いっしょ」と言った。

食後に、はたらくくるまの歌のリズムに合わせて「しゃー」とか「かー」とか歌っている。

アラビア数字の「1」を「いち!」と言い、ミカンの絵を見て「かん!」と言い、妻の写真をみて「かーちゃん!」、ぼくの写真を見て「ちゃん!」と言う。

眠る我が子の横にいて

薄暗がりの中、抱きかかえた息子の寝息が規則的になる。息子の身体がぐっと重くなる。布団に息子を寝かせる。わたしもそのわきに寝そべる。息子は平和な寝顔をうかべている。なんてかわいらしい寝顔だろうと、思う。夕方の喧騒もすべて忘れてしまう。愛らしい手足。ぷよぷよとした肌の感触。鼻くそで半分ふさがった鼻のあな。髪の毛にご飯のカスがついている。それもかわいい。子守歌をしずかに、ゆっくりと歌う。そのリズムに、歌っているわたし自身も、徐々にまぶたが重くなる。息子の背中に手を当てながら、幸福な寝顔に見とれながら、ゆったりとした眠気に身を任せている。

そんな母の姿を、三十数年前の、ぼくを寝かしつける母の姿を、目撃した気がした。

むすこがかわいすぎる

家に帰って扉をあけると、どたどたどたっと玄関までダッシュしてきて足に抱きつき、両手でぼくの足をぽんぽんとしてくれる

本棚から読みたい本をえらんでもってきて、ぼくに渡す。

ぼくのお腹を背もたれにして座り、ぼくが読むのを待っている。

眠くなったときに、抱っこをすると満面の笑みになる。

顔を近づけるとキャキャキャと笑う。

寝息を立てた息子の頭の匂いをかぐと、多幸感にみたされる。

こんなに素晴らしいあなたは、どこから来たのでしょうか?

じんるいについて考えてみた

息子を抱きかかえ、哺乳瓶でミルクをあげながら「もう少しで哺乳瓶を卒業だよ」と声をかける。息子は、赤ん坊が幼児の間のような表情だ。半妖のような瞳で、夢中でフォローアップミルクを飲んでいる。生まれたばかりの息子への授乳を思い出して、あるいは、これからやってくる息子の可能世界の思い出に酔い、涙が出そうになった。

 

息子は尊い。妻と三人で取った写真から流れ込んでくるのは、途方もない暖かさ。

 

僕の仕事あるいは宗教の究極的な目的は、人類の生存を脅かす負の要因を取り除くこと、あるはそのために使える選択肢を増やすことだ。関連して、よく人類史などを紐解く。いつも頭の中に世界人口の予測カーブがある。世界人口は2050-2100年あたりでピークアウトして減少する。どうして、我々は子供を作るのをやめようとしているのだろうか。こんなにも素晴らしいのに。こんなにも尊いのに。

 

おそらくはホモサピエンスが生じる以前から続いているネオテニーの連鎖。私たちの父母の結婚式の写真を見ると、当時の来賓(50-60歳やそこらだろう)の顔に刻印された年月は、どうみても今の70歳になろうとしている父母よりも深い。日露戦争時の陸軍少佐の写真を見たことがある。30代前半ですでに老成していた。世代を経るごとに減速する老化。人類社会を貫く若返り運動は、ついには、子供のために自分の生活レベルを落とし、年月を肉体に刻印することを苦痛ととらえる、永遠の青年たちを生み出したのかもしれない。僕もその一員である。

 

人口予測は様々ではあれど、息子が自身の平均余命に近づくとき、世界規模での黄昏がはじまると考えられている。淡々と降るフィナーレの雨のなかを、精一杯生きていこう。

で、この時間。

妻と明日からの一週間の予定をすり合わせて、会社の勤務表に反映させて、一日のルーティンが終了した(お見送り時は遅出、お迎え時は早退と書き込む)。
confidentialityさえなければ、二人の予定表を同期したい。
ようやく二人とも寝たので、神に祈りを捧げる儀式としゃれこみたいが、疲れていて眠い。こまった。土日が一番体力的にきびしい。

最近、息子はぼくたちと夕食を一緒に食べたがる。
社会性の萌芽だ。とても素敵なことだ。

しかし、そのためには、オペレーションを見直さないといけない。
ぼくが息子の夕飯を作って、夫婦の夕食の下ごしらえをしたら、ひとりでお風呂に入る。妻は息子のご飯ができ次第、息子のご飯のお世話をする。
ぼくが体を洗い終わったら息子を呼んでお風呂に入れる(湯舟は一緒にはいる)。
ぼくと息子がお風呂に入っている10分+風呂上がりの保湿の時間で、妻が我々の夕食の準備を整え、息子のフォローアップミルクが準備をする。
味噌汁の味噌を溶く。息子を子供用の椅子にしばりつけ、ミルクを持たせる。
そしたら、ぼくと妻の夕食だ。こうすると、あたたかいご飯が食べられる。妻はあとでゆっくりお風呂に入れる。
あたたかいご飯は、すごい。息子の対応をしながらご飯を食べるのは難しい。離乳食がはじまって長いこと、ぼくは冷えた味噌汁しか飲めていなかった。

休日に3人で同時にあたたかいご飯をたべる。これはけっこうむずかしいのだ。

平日5-6時間、休日は10-12時間

子供のお世話もしくは派生する家事に時間をつかうことになるよ、と独身時代のぼくに伝えたら、「やっぱ子供はいらないな」というに違いない。

ぼくは、自分の宗教が気に入っていて、時間があれば、宗教儀式をしていたい。しかし、その時間は明確に家事・育児とトレードオフである。
息子はコミットするほどアタッチメントを増す。お迎えにいくと天を仰いで「むぎょおーー」と喜びダッシュして近づいてくる我が子。
息子を抱きしめる。脳の5-10%くらいを占めるのは、やるつもりでやれていない長大な儀式のリスト。

すっかり「現代の共働き子育て世帯」になったことよ。

あ、息子がおきた。

ライ麦畑でつかまえて

息子と一緒に初めて水族館に行った。抱きかかえてクラゲを見せたら、じっと見つめていたので、「変な形だよね、生きているんだよ。xxちゃんと一緒だよ。」と声をかけた。なぜか自分の言葉に自分で勝手にジーンとしてしまって、息子をたまらなくいとおしく思ったりした。水族館には広場みたいな場所があって、大人の往来があるちょっと危ない場所なのだが、小さな子供たちが何人も、親と一緒にぴょこぴょこ歩いていた。息子もダッシュ。初対面のお兄さん・お姉さんのマネをしてふらふらと動き回っていた。そして、前回のエントリを書きながら、何か既視感があるように思えたのは、これだったのだと、思い至った。

でもとにかくさ、だだっぴろいライ麦畑みたいなところで、小さな子どもたちがいっぱい集まって何かのゲームをしているところを、僕はいつも思い浮かべちまうんだ。何千人もの子どもたちがいるんだけど、ほかには誰もいない。つまりちゃんとした大人みたいなのは一人もいないんだよ。僕のほかにはね。それで僕はそのへんのクレイジーな崖っぷちに立っているわけさ。で、僕がそこで何をするかっていうとさ、誰かその崖から落ちそうになる子どもがいると、かたっぱしからつかまえるんだよ。つまりさ、よく前を見ないで崖の方に走っていく子どもなんかがいたら、どっからともなく現れて、その子をさっとキャッチするんだ。そういうのを朝から晩までずっとやってる。ライ麦畑のキャッチャー、僕はただそういうものになりたいんだ。

キャッチャー・イン・ザ・ライ」 J. D. Salinger, 村上春樹


ぼくにとっては「よく前を見ないで崖の方に走っていく子ども」は非常に具体的で自明で、まさに眼前にいる。より正しくは、走っていく先は崖じゃなくて、公道とか階段だけれど、それなりの確率で死ぬ。はっきり言って、何千人じゃなくて1人でも、なんなら「ちゃんとした大人みたいなの」が複数いてもたいへんなので、ぼくは文字通りベタに記載されている通りのライ麦畑のキャッチャーになりたいくないです。メタファーとしての上記の文章はとても素敵で、むかしのぼくのこころを打ったように思う。傷つきやすい・歴史を持たない・今ここに生き・理想を夢見るホールデン青年に感情移入したのかもしれないが、いま読むとどうだろうか。きっと分裂したような感想を抱くんじゃないかという気がします。子供と散歩に出るということは、いまここでまさに”ライ麦畑のキャッチャー”であることを要求する。責任が生じる。万が一、上記の通りに何千人もの子供がいて、大人みたいなのが僕しかいないなら、まずは子供たちを避難させ、たくさんの大人たち、できれば国家資格をもつ保育者優先で動員する。そういった種類のリアリズムに時間と集中力を割かねばならない。
そうやって、通勤電車で青年のメタファーにマジレスする中年のおっさんができあがっていくのかもしれない。